大判例

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大阪高等裁判所 昭和48年(く)4号 決定

少年 W・S(昭三三・三・一一生)

主文

原決定を取消す。

本件を神戸家庭裁判所姫路支部に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、記録に編綴の少年W・S作成の抗告申立書ならびに付添人M・O作成の抗告申立理由補充書と題する書面に記載のとおりであるが、その要旨は、少年には本件非行のはじまつた昭和四七年三月下旬以前には被補導又は付審判の非行事実はなく、しかも、その非行は少年の内的原因(性格)に由来して発生したものでなく、外的原因、すなわち少年の一家が昭和四六年一一月ごろ現住居に転居したことから、少年と近住の悪友との交友が始つたが、当時母や兄が留守勝で少年に対し適切な指導監督をしなかつたこと等の生活環境や劣悪な交友関係に起因して惹起されるに至つたものであるが、最近になつて保護者や近親者はその責任を反省し、急遽相集つてその対策を協議した結果、義兄N・Dが次兄W・Fらにおいて少年を引取り監護養育する体制を整えるに至つた事情にあるのに、原裁判はこれら非行の要因やことに右保護体制の整備されたことを充分聴取しないで、唯一回の審判をもつて直ちに少年院送致の決定をしたのは、共犯者であつた他の少年に対する処分とも均衡を失し、著るしく不当な処分といわねばならないから取消れたいというのである。

よつて、少年に対する少年保護事件記録ならびに少年調査記録を精査し、当審における事実調の結果を総合して考察するに、少年の非行は、回数多く内容も多岐にわたつていて、その非行事実を一見する限りでは、少年自身の非行性の深化を疑わざるを得ないのであるが、右非行は昭和四七年三月下旬ごろに始り同年一一月初旬ごろまでの間に集中して発生し、共犯による非行はもちろん単独非行とされている恐喝等の非行のほとんどは、同校生や近隣の中学生らの非行グループと直接あるいは間接的な関連をもち、その影響下で敢行されたものであるところ、少年はそのグループ内では小物的な立場にあつて、その非行も追随的であり、自ら積極的に行動する場合も、それはグループへの見栄として、少年自身が持つ自己顕示欲のあらわれであることが多く、非行そのものは必ずしも本来の性格の顕現であるとまでは断定できず、その表面化した非行の割には非行性が未だ固定化の域に達していないこと、すなわち、その非行の主たる要因となつたものは、少年が絶えず容易に環境に左右され易い性格の持主であり、ことに教育不足の影響もあつて成績の上らないことから、絶えず級友に対し劣等感を持つようになり、これに加えて末子として育てられたため自らの行動につき自主的な判断力を欠くに至つたこと等が原因し、少年の属する交友グルーフ、すなわち成績不良(非行)集団から疎外されることを恐れるようになつて、集団内では本来少年自身の固有の性格以上の自己顕示的な行動を取るようになつたこと、ことに右のような少年の問題行動が具体的非行として発現するに至つたのは、少年の一家が昭和四六年秋ごろ○○中学校の校区外に転住したことから、かつて少年の在籍した○○小学校当時の級友で他の中学校に進んだ生徒の成績不良グループとも結びつきが生ずるに至り、非行が発現拡大されたものであること、ところが少年の非行のほとんどは、その校外生活の中で発生したため、これを早期に発見して適切な指導措置がとれなかつたことが非行の拡大原因となつていること、然るに家庭は父親がなく、母は女工として勤めに追われ、長兄は少年を叱りつけるだけであつて、しかも、右保護者らはその近親者に対し少年の非行をひたかくしにする等していた監督指導の不充分な環境にあつたこと等にあるものと考えられる。これに対し、少年が観護措置をとられた後の昭和四八年正月ごろからは、学校においても積極的に家庭と連絡を取る等非行グルーフに対する指導体制を整え、そのグループの解体につとめた結果、現在は学校内も一応の落付きを取戻していること、少年の担任ならびに補導担当の教師においては、グループ中最も問題行動の多かつた有富裕らが在宅保護になつたことや間近に控える少年の卒業や就職の転期に期待し、現時点においては少年を学校に引取り卒業せしめたい意向であること、一方少年の家庭では最近になつて少年に対する補導の欠除を自覚し、母親が勤務を止め、長姉W・T子夫婦や兄達らも積極的に少年を監督指導する熱意を示し、卒業までの間は少年を長姉方に引取り、卒業後は東京在住の次兄に引取らせて就職させる予定をしていること、少年の鑑別所収容中の動向をみると、その行動は幼稚で要領は良くないが、素直で温和しく他人の面倒をよくみる等自己の非を反省悔悟していること等が認められ、これら本件非行の要因、少年の性格、環境ことに卒業を間近に控えていること等にかんがみると、現在における少年の資質的な偏りには楽観できないものがあるが、少年の卒業・就職が更正への大きな転機となることは否定できないことであるから、少年に対しては、今後当分の間、学校や家庭において少年の更正をはかる機会を与え、少年が自主更正できるか否かその平素の行動を観察しつつ、状況によつては保護司の指導援助を得る等して在宅保護の方途を講ずることが最も適切な措置であると思料される。してみると、原裁判所がこれらの問題状況を十分に把握することなく、少年を初等少年院に送致決定をしたのは著るしく不当な処分であるといわねばならない。

よつて、少年法三三条二項、少年審判規則五〇条により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 杉田亮造 裁判官 失島好信 西村清治)

参考二 抗告申立書(昭四八・一・八付 少年及び附添人弁護士申立て)

抗告の趣旨

僕は家に居てた時ある友達と知り合いその友達とある日一緒に「窃盗」「強喝」「けんか」などをしてしまいました。そのことに付き、ある二人は学校をかわつただけで処分はまだきまつてません、だが僕とA君が「カサイ」の方に回されそして審判の結果、A君わ保護かんさつで帰つたことが不まんでならないので、こうしてこうこくを出しました。なおA君はよざいがあります、それは学校のこにお金をかりてかえさないのです。それに今までのじけんのことも自分がいいようにいつもけいさつにいつていた、それに僕を悪いようにけいさつにいつていた僕はA君にいいたかつたけれども、僕が今ここでゆうたらなかまはずれにされると思つたからです。

だからA君が家にかえれて僕がかえれないのは不まんです。

けれどまだA君はよざいがあり、そし僕がかしてやつたズボンラジオなどなくしてしまつた。そのほかの子、にも服などをかりてなくなつたといつてかえしません。そのほかあります。

僕は初等少年院の処分を受けました。

僕がいちばん悪くなつてます。みんなわ僕のせいにしているがほんとはぼくがすすめたんではない。

(附添人弁護士の抗告申立理由補充書)

理由

一、原決定は、次に記述する情状に照し処分の達しい不当があるものと思料します。

(一) 原決定は、その(要保護性)欄において「調査および審判の結果を綜合すると、少年の性格、行状、環境等に鑑み、その健全な育成を期するためには、これを初等少年院に送致して、その指導に服せしむのを相当と思料する」と認定しているのであります。

(二) なるほど一件記録に徴し、その非行回数や非行内容を一見する限りにおいてその反社会性を認めざるを得ないとの結論も生ずるのでありますが、だからといつて在宅保護の方法を検討することなく第一回の審判において直ちに少年院送致決定を為すことは聊か早計の譏を免かれぬものと思料されるのであります。加之本件少年の非行が昭和四七年三月下旬頃に始まつた事実は、それ以前には非行のなかつた事実即ち被補導又は付審判の事実がなかつた事実に徴するとき益々その感を深くするのであります。

換言すれば、少年の本件非行はその内的原因(性格)に由来するものではなく、外的原因(生活環境、交友等)に由来するものであると謂わざるを得ないのでありますから少年院に送致する前に先ず司法保護司を選び、少年の保護、補導につきその近親者と協力せしめる手段を構ずべきではなかつたと思料する次第であります。

因に近親者の言に依れば、本件少年は性来温順で本件以前はよく家族の留守を護り、外で働く母や兄のために食事の仕度をして待つなどの心優しい日常であつたが、昭和四六年一一月頃現住所に転居したところ幾何もなくして近住の悪友と交るようになり、母兄の留守を幸いに家を外にして盛り場等に出入するようになつたとのことであります。

(三) 本件少年は身心の発育不十分で智能指数も比較的低くそれ故に自主性に乏しく所謂付和雷同の傾向があり、斯種の少年にありがちな「お先走り」のところがあり、悪友と交るや忽ち之に同化乃至同調し又は容易にその影響を受けて今迄引込み思案の少年が忽ち自己顕示的振舞をするようになつたものであります(恐喝事件はその典型的事例)。

(四) 翻つて本件少年の家庭環境を観るに、三歳の頃父は交通事故が原因で死亡し、その後は母の手一つで養育されたのでありますが、母は一家の生計に追われて少年に対する監護養育に専念する余力はなく、同居の実兄(当二七年)は性来の生真面目の故に本件少年の非行に対してはその都度仮借なく叱責することはあつてもその非行の原因を糺して温く之を指導する方途を講じなかつたものであり、此の母兄は本件に至るまで「臭いものに蓋をする」ように別居の近親者には少年の非行をひた隠しに隠していたのであります。

本件少年の今日までの非行の繰返しは斯かる家庭環境(社会の荒波の防波堤ともなるべき)に最大の原因があつたことは否定出来ない事実であります。

(五) 卒直に言つて、本件に至るまで少年の近親者がその指導監督に無関心乃至無協力であつたことは否めないところでありますが、今回「初等少年院送致」の決定を受けるや愕然として各自その責任を反省し、急遽相集つてその対策につき協議の結果、その機会を与えられるならば少年の身柄は義兄N・D(当四八歳、長姉厳道子の夫にして姫路市飾磨区在住の会社員)方に引取り、同人が全責任を以てその指導監督に当り、中学卒業後少年の希望によつては次兄W・F(当二三年、川崎市在住の自動車運転手)方に寄宿せしめ適職を与えることになつたのであります。本件少年に対する右の監護養育体制は、原審判廷において明かにせられなかつたものでありますが、之は本件まで審判につき全く無経験の近親者が審判の結果を楽観していた不用意に因つたものであり、法律上の義務ではなかつたとしても若し原決定までの過程において名担任係官が少年の将来の保護体制につきその近親者等に意見を求められたならばおそらく明らかにされたであろうし亦おそらく原決定の内容も異つたであろうと思料されるのであります。

要之審判を尽すならば、本件少年の叙上の性格、行状の原因、環境整理可能の点が明かとなり敢えて少年院に送致しなくとも、その家庭において矯正することの可能が明となつた筈であるから、結果において原決定には処分の著しい不当があるものと謂わざるを得ないのであります。

二、原決定は、共犯者たる他の少年の処分に照し著しい不当があるものと思料します。

(一) 本件少年の付審判事件の中心を為すものは、窃盗(万引)と恐喝の非行であり、右窃盗事件はA(当一五年、○○中学校三年生)らと共謀しているのではありますが、右A少年は原決定と同日の審判において「保護司の指導監督に服せしるを適当と思料」され、所謂「保護観察」に付するの決定が為されているのであります。

(二) なるほど右窃盗行為の回数は本件少年とA少年との間に相異があり、本件少年は更に恐喝事件を犯しているのでありますから形式的に謂えば処分に逕庭のあるのは寧ろ当然との結論も生ずるのでありますが、御承知の如く少年事件は概して機会犯の傾向が強く従つてその罪数を以て責任(悪性)の尺度となすことは危険と謂わざるを得ないのであります亦本件恐喝の内容もその相手は何れも本件少年と同じ○○中学校の予て面識ある同級生であり且その被害内容も小額の金や日用品であります、本件少年は右恐喝行為を「自分は借せといつて借りたのに何故罪になるのだ」と述懐しているのでありますが、客観的には恐喝となる本件も、少年の主観においては罪と感じて敢行したものではないのであります。

警察官の「少年事件送致書」には、その都度「罪悪観念の欠除と自己の欲望をみたすための犯行」と指摘されているのでありますが、之はまことに彼相の観察と謂うべく、実相は単なる少年期特有の自己顕示欲と思慮未熟の結果に他ならないのであります。

(三) 両少年の家庭環境も大同小異であり亦その日常行動(怠学、交友関係等)に格別の逕庭はないのにも拘らず、審判の結論(決定)につき両者の間に格段の差がつけられたことは不合理乃至不適当の譏りを免れないものと謂うべきであります。

畢竟事件の由つて来る所以やその内容を糺明することなく単なる罪数、罪質を以て処遇にせられた原決定は形式に流れ明かに著しく不当であると思料する次第であります。

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